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プロフィール

須田健太郎(スダ ケンタロウ)

1985年、マレーシアのクアラルンプール生まれ。

幼少期を マレーシア, インドネシア で過ごし、10歳の頃より日本に定住。

大学を中退後、2007年に22歳で株式会社FREEPLUSを設立、代業取締役就任。

“日本の観光立国を成し遂げ、日本のファンを世界に広げ、日本の元気の原動力となる”ことを使命として活動。

 

人生に残る思い出を

最近、大阪の繁華街には沢山の外国人観光客が見受けられます。今回取材を行った株式会社フリープラスは、日本を訪れる外国人観光客に「人生に残る思い出をプレゼントする」会社です。訪日観光業という、日本でのツアーの企画の提案、見積もり、集客、日本の旅館や交通機関等の手配を行うのが主なお仕事。ツアーの管理や企画、トラブルの対応もしています。訪日観光業は35年も前に立ち上がりましたが、日本企業で参入したのはFREEPLUSがはじめてです。その生みの親である須田さんにお話を伺ってきました。

世界に自分の生きた爪痕を残したい 

「過ぎ去った時間は戻ってこない。ならばただ単純に生きるのではなく、この世界に自分が死んでも存在し続ける生きた爪痕を残したい」。須田さんは楽しかった成人式の夜に、こう思いました。これまでは陸上競技とシンガーソングライターの活動で高い評価を受けていた大学生。しかし、それらで関西で頂点には立てても世界一になるには無理がある。それならば個人の能力ではなく優秀な人を集めて世界企業を作ろうと思い、起業に至りました。世界企業とは、「ぼくが死んでもこの世界に幸せな人を生み続ける会社」とのこと。20歳の冬(2005年)に大学を中退。翌春にベンチャー企業へ勤め、2007年にフリープラスを設立しました。

こだわりの先にあったのが、訪日観光業

 

設立当初の事業はITエンジニアの派遣業。しかし、08年のリーマンショックで打撃を受けます。そこでSEOやインターネット広告の事業に転換。受けた打撃を挽回しようと死にものぐるいで頑張ったことと、業界自体が成長していたので収益はありました。しかし、須田さんの目的はあくまで”世界企業”です。そこで自分の人生を捧げられる事業を新たに模索し始めます。その事業の条件が三つあります。

まず、BtoCビジネスであること。次に、事業を通して日本に貢献できること。最後に、いきなりグローバル展開できる事業であること。これら三つの観点から2010年に訪日観光業への取り組みを決めました。

半年間で誘致は2人。撤退の危機からのスタート

 やると決めたものの、全く経験も知識もありません。パソコンだけを持って一人で上海に渡り、現地に子会社を設けます。次に顧客をつけようと手当り次第に現地の旅行会社に連絡します。その際に訪日観光業への思いを熱く語りますが、実績がないため相手にされません。それでも諦めずに営業を続けました。すると北京のある旅行会社の方が「あなたの夢を応援します」と言ってくれたのです。この業界について何も知らなかった須田さんに沢山仕事を与え、その分の利益もくれたそうです。こうして、業界の仕組みを学ぶことができました。しかし、最初の半年間で日本に2人しか誘致できませんでした。取締役や、顧問会計士に事業の撤退を薦められます。須田さんはこのことを次のように語ります。
「撤退という選択肢はありませんでした。まだ日本企業の参入もないし、僕らがこの事業を辞めたら誰が日本を背負って行くんだと思いましたから」。5ヶ月後、東日本大地震が日本を襲います。業界では多くの会社が撤退や廃業を決める中、須田さんは真逆の行動を取ります。将来成長の見込みのある業界が縮小しつつある中、開拓を進めようと東南アジア諸国を巡りました。そして、地震の影響が薄れた2012年に5000人、翌年には25000人誘致しました。なぜそこまで成長できたのでしょうか。訪日観光業は業界を立ち上げた大もとの企業の力が強く、新規参入もなかったのです。そのため、それらの企業は新しく営業を行いません。須田さんはそこに目を向け、誰も新たに開拓をしなかったこの業界で沢山営業をしました。その数はこの3年半で1200社以上。これまで営業の行き届いていなかった東アジアの地方の旅行会社も開拓したのです。そのおかげで、多くの外国人観光客が安価で日本に行くことができるようになりました。

世界企業を作っている今が一番気持ちがいい

ーまさにどん底からの逆転、といった起業のストーリーでしたが、どのようにして須田さんはモチベーションを保つことができたのでしょうか。
「好きなものを食べている時、食べ始めてから終わるまで幸せですよね。そのモチベーションはどうやってコントロールしているかわからない。人間は、欲求を満たしている過程が一番気持ちいいんです。つまり好きなものを食べ終えた時の満足感よりも、食べている最中の満足感の方が大きい。僕の欲求は、この世界に世界企業を作って死ぬこと。これを作る日々の活動は、好きなものを食べているのと同じ状況なんです」。

ー最初の大変だった時期もですか?
「倒産しかけた時は毎日泣いていましたが、どれだけ考えても、最終的にはやるしかない。その考えに至ったときはすっきりしました。やって駄目だったらそれまでの男だということです」。

ー今後はどのようなことに挑戦したいですか?

「今後は飛行機を飛ばしたい」と語る須田さん。現在、外国人観光客は日本へ来ても訪れるのは都市部ばかり。交通機関の乗り換えの費用が高く、地方に行く人は少ないのです。飛行機で近郊アジアと日本の地方を結び、これまで彼らの足の届かなかった地域に安くいけるように外国人のためのLCCを作りたい。また、他には海外に旅行店舗を設けたり、個人旅行にも対応したブッキングサイトも展開したいそう。

「外国人の方々に幸せをお届けするために僕たちは仕事をしているんです」。

メッセージ

株式会社フリープラス
URL http://www.freeplus.co.jp/

所在地    大阪市北区堂島浜1-4-19 マニュライフプレイス堂島 2F

 

編集後記 取材 ・林由里恵|Photo : ムクメテツヤ(from 平塚写真事務所)

わたしは今、須田さんが世界企業を創ろうと決めたのと同じ20歳です。趣味や好きな事は明確にありますが、人生をかけて成し遂げたいものはまだわかりません。しかし、お話を伺って自分の使命を見いだそうと思いました。自分の将来を見つめなおすきっかけになり、とても刺激になった取材でした。

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