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プロフィール

宮川則子(みやかわ のりこ)

音楽大学を卒業後、船舶系の企業に入社。総務部人事担当として勤務。退職後、音楽教室講師ならびに音楽教室運営を経て、2008年E-muse音楽事務所を設立。クラシックをはじめとするコンサートやイベントのプロデュース、演奏家のプロモーション、音楽講座の開講、CD制作など、音楽総合事業を推進。2015年より音楽練習室と各種講座開講を目的とした貸しスタジオの運営、および箔押し加工の印刷技術を活かしたブランディング事業を展開している。またコーラス・ピアノ・声楽を中心とする一生涯学習を掲げたレッスンプロとしての経歴が長く、実技レッスンを通し「音楽で培う自分力」と「心の財産となる音楽との向き合い方」を伝え続けている。
元読売・日本テレビ文化センター講師、元La Belle Culture講師、東京商工会議所会員、イノベーションズアイ会員、社団法人ジャパンパーソナルブランディング協会理事。

 

E-muse音楽事務所のご紹介

クラシックを中心としたコンサートの企画や運営、CD制作、講座開講などの音楽総合事業を展開する「エミューズ音楽事務所」。スタジオの貸し出しを行う「目白レッスンスタジオ」。そして、箔押し加工の印刷技術を活かした企業や個人のプロデュース事業を展開する「BRANDING MESSAGE」。3つの名刺を使い分け、ときに経営者、ときに音楽指導者、講師、プロデューサーとして精力的に活躍をつづける宮川則子さんにお話を伺ってきました。

黒子として、1人、1つを、「それぞれの舞台」へ押し上げていく。

—多角的に事業を展開されているように見受けられますが、背景にはどのような意図がおありになるのでしょうか?

一見、脈絡がないように見える事業展開かもしれませんが、共通して軸となっているのは「1人、1つのブランディング」です。
元々、エミューズ音楽事務所を立ち上げたのも、才能ある若い音楽家が活躍できる場があまりにも限られており、そういった厳しい現状に歯痒さを感じたのがキッカケでした。私自身、学生時代から長くクラシック音楽の世界に携わってきたこともあり、コンサートやイベントのプロデュース、音楽家自身のプロモーションを通して、少しでも彼らが「それぞれの舞台にあがる」ための支援ができればという想いでスタートしました。

箔加工印刷をメインに展開する「BRANDING MESSAGE」事業では、名刺やステーショナリーなどのツールに、箔をあしらった独自の表現を提案しています。この事業の背景にも、社名やお名前、自分を表現するツールに、ふさわしい装飾を施すことで、ブランディングの一助になればという想いがあります。
元々は、音楽事業に関連したサポーターズクラブのメンバーのみなさんに、お品物やお礼状などを贈らせていただく機会が多く、そのときに何か特別なあしらいができないかと考え、行きついたのが「箔」でした。父が経営していた会社で、記念品としてカンパニーネームを箔押ししたバインダーを取引先様にお配りしていたのですが、幼心にその「箔」がすごく特別に感じられて強く印象に残っていたんですね。
1年半前に箔押し加工の勉強をはじめて、試行錯誤を重ねました。箔って種類や、材質との組み合わせによってもアウトプットがまったく変わるんです。そういった意味では音楽事業と、通じる部分がありますね。演者、聴衆、スタッフ、天気、アクシデント。その日、その時の空気、温度、場の色が様々に交わり凝縮した地場に立ち上るのが音楽。その日、その時々で奏でられる音はまったく変わるものなのです。

一方、スタジオの貸出しを行っている「目白レッスンスタジオ」では、事務所の一区画を貸し出して、講座やワークショップを行っています。ここでは「場」の提供を通じて、人が少しでも輝くための学びの機会を得られるような空間にしていきたいと思っています。
それぞれの事業に共通しているのは、1人ひとりを、「それぞれの舞台へ押し上げる」ということ。そのために必要なサポートを、色々な形でご提供させていただいています。

サポーターとして、一流になることを考えていた。

—1人ひとりを、「それぞれの舞台へ押し上げる」というのは究極のサポーターのように感じられますが、そういった「サポーターのマインド」はいつからおありになったのでしょうか?

子どものころ、病弱で学校を休みがちだったのが関係しているかもしれません。自分に自信が持てず、目立つ人に憧れていました。自分が表立って何かをやったり、目立つことは苦手な分、そういう目立つ子たちのサポートをすることに喜びを感じていたような記憶があります。
中学校から大学までを私立の音楽大学の付属校で過ごしましたが、自分がプレイヤー(演奏家)になることは全然考えていなくて、物心ついたときから目指していたのは「指導者」でしたね。

大学時代は、教員を目指していて、教育実習にも行きました。一般的に教育実習は、自分の出身校に行くのですが、音楽とは接点の少ない子たちを教えてみたかったので、あえて地元の公立校に菓子折を持って受け入れをお願いしに行きました。幸運にも許可をいただけて教育実習先が決まったのですが、その際、大学の先生からは「教育実習に行ってみてはじめて、自分が本当に学校の教師になりたいかどうかハッキリわかるよ」と言われました。実習を行ってみて、教員には向いていないということがハッキリわかりました。男の子の扱いがてんでダメだったんですよね(笑)。それが大学3年時。プライベートでも失恋があったりして、自分の知っている世界の狭さを感じはじめたのもこの頃でした。
「こんなんじゃダメだ!」「知らない世界を見て、社会勉強しよう!」と思い立ち、船舶系の一般企業に就職を決めました。

—音楽の世界から、一般企業に就職されるのは同級生の中でも珍しかったのではないですか?

そうですね、同級生たちはやはり何かしら音楽に関わる分野で就職したりするので、すごく珍しかったと思います。就職して、2年間、人事のお仕事をさせていただきました。仕事はすごく大好きで、楽しかったのですが、ある日、ストレスが原因で身体に変調を来してしまったんです。今までは、音楽という「無形」なもので評価されてきたのに、会社では「有形」の物事しか認められない。これまでとは180度異なる世界で、知らず知らずのうちに負担が溜まっていたんですね。忙しさのあまり、ピアノに触れる機会も減り、このままでは培った技術がダメになるという焦りもありました。

それをキッカケに退社し、自宅でピアノ教室をはじめました。それから結婚と出産を経て、自宅でのピアノ教室は家族にも迷惑をかけてしまうと悩んでいた折、音楽をつづけたい一心で、場所を借りてコーラス指導を行うようになりました。

—コーラスとはクラッシック楽曲で?

いえ、これが思いもよらなかった「冬のソナタ」の楽曲でした(笑)。2005年の韓流ブーム真っ盛りの時期でしたので、その当時、「冬のソナタ」の大ファンだった母の発案で、「冬のソナタ」の曲を歌うコーラスを結成しました。
メンバーが集まったのはよかったのですが、みなさんが興味があるのは「コーラス」ではなく「ヨン様」!(笑)。「いっそ『韓流レッスン』にしたほうがいいのかなあ?」など、メンバーの興味を持つ内容を織り交ぜながら、あの手この手でなんとか演奏会にこぎつけました。

ただ、この「冬のソナタ」のコーラス指導経験が、私の中で、音楽観を変える大きなきっかけとなりました。それまでは私にとって音楽は、「難しい技術を鍛錬して、難しい表情で向きあうアカデミックなもの」だったんです。でも、冬ソナを歌っていたコーラスのメンバーは、みんなその曲が心底大好きだし、ドラマの情景もバッチリイメージできているし、とにかく表現力が豊か。技術的なことはともかく、感情を込めて、楽しそうに歌うんです。その大好きな曲を一生懸命練習して舞台にあがって演奏しはじめてから、だんだんと彼女たちの様子が変わりはじめました。お化粧が変わり、着るお洋服も変わって、身につけるアクセサリーも変わってくる。そして表情も、振る舞いも、以前より一層イキイキと明るくなりました。同時に、音楽スキルも向上し、今では、立派な合唱団になりつつあります。彼女たちが「音楽」を通じて、輝きを強めていく様子を目の当たりにして、初めて、音楽には人を変える力があるのだと強く実感しました。音楽は、「心の財産になるのだ」と。

辞めることほど、プライドのないことはない。


—「心の財産」というのは、宮川さんの事業のテーマにもなっているように思います。

そうですね、私が手がけたいのは、音楽プロデュースでも、印刷事業でも、貸しスペース事業でもなくて、そういった「心の財産」を育むキッカケや場づくりなんです。
だから音楽指導の際にも、「辞めたい」という子がいれば、無理してつづけることはさせません。だって心の底から嫌いで苦しくてやっても、心の財産にならないから。けれど、「やり方」が苦しいために「辞めたい」という子にはとことん向き合って、つづける方法を一緒に考えます。

個人的には「辞めることほど、プライドのないことはない」と思っています。だって、辞めたらどんな経験も技術も想いも、ゼロに帰してしまうでしょ。ブランクをつくらず、つづけるということは特に結婚や出産、親の介護などというライフステージを持つ働く女性にとっては、大変なことかもしれませんが、しっかりと向き合うべきポイントだと思います。人生に待ち受けるそういったストーリーを踏まえて、想定して動くことも大事なことです。

—今後は事業は、どのように展開されていくのでしょうか?

そうですね、今後は人が輝くために必要な「有形なもの」のプロデュースにも注力していきたいと思います。音楽ってどうしても、「わからない人には、わからない」で終わっちゃうことが多かったのです。だからこそ、箔押し加工のブランディング事業は「ツール」に落とし込み、貸しスペース事業では講座やワークショップを提供することで、「体験」や「スキル」を提供していきたいと思っています。「1人ひとりをそれぞれの舞台に押しあげていく」という軸は変わりませんが、その方法が「無形」な音楽から、「有形」な別の手段へと変貌していく過渡期にあるのかもしれません。

それは、人生における第1フェーズから第2フェーズに移るということだとも考えています。人は若いときにはパワーがあって勢いもある。
だから起業家の方でも自分が描いたビジョンに、一直線に向かっていって、目標としていた終着点にたどり着くことができる。でもね、それは第1フェーズの終着点であって、第2フェーズの始まりなんです。人はいつまでも若く、勢いがあるわけではありませんし、人生には「つづき」があります。その事実を踏まえて、第2フェーズの想定図を描いておくことも、ときに重要なことだと思います。

企業情報

エミューズ音楽事務所

▼所在地

東京都新宿区下落合3-2-16-402

▼企業URL

http://www.e-muse-m.com/index.html

編集情報 取材 ・こころざし応援団編集部|Photo : こころざし応援団編集部

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