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プロフィール

安田寿之(ヤスダ トシユキ)

1973年生まれ。兵庫県宝塚市出身。
立命館大学理工学部卒。
音楽家/作編曲家/プロデューサー。
MEGADOLLYレーベル代表。
武蔵野音楽大学講師。

音楽は、社会の先端にあるもの。

いいことがあったときも、凹んだときも、私のそばには常に音楽がありました。みなさんも1つくらいは、思い出の曲というのがあるのではないでしょうか。音楽が私たちのもとに届くまでというのは、私が生きたほんの20年と少しの間にも実に大きく変化してきました。10年前はオーディオプレーヤでCDからMDに録音し、MDプレーヤーを持ち歩いて聴いていたのが、今ではスマートフォン1台で、曲の購入からダウンロード、視聴まで全てできるようになりました。コピー、デジタル化、軽量化。「音楽業界で起こっていることは、これから社会で起こることの前触れなんじゃないか」。そう言うのは、今回お話をうかがった音楽家の安田寿之さん。「音楽を通して社会に新しい価値を提示していきたい」と話す安田さんの思いを取材してきました。

音楽家になると、信じて疑わなかった。

大学では公共建築物の景観デザインなどを研究し、卒業後は建設コンサルタント会社に就職するも、1年で辞職。23歳のときでした。小学生の頃からカーペンターズを聴いていたという安田さん。高校生の頃から曲作りを始め、大学3年生のときには音楽ユニット『Fantastic Plastic Machine』に加入。「何の保障もなかったけど、迷わなかったですね。自分にはやっぱり音楽しかないし、音楽家になるんだと信じて疑ったことがなかったので」。アルバイトをしながら曲を作り続け、2000年にファーストアルバム「Robo*Brazileira」をリリース。コンセプトは『ロボットが歌うブラジル音楽』でした。「中学生のときに近所のおじさんが貸してくれたCDを聴いて、ブラジル音楽っていいなって思うようになりました。今でも僕の音楽的要素の大きなひとつになっています」。この新しくて分かりやすいコンセプトが名刺代わりとなり、安田さんは音楽一本で食べていけるようになりました。

2003年には個人レーベル『MEGADOLLY/メガドリー』をスタート。よりスピーディーに作品をアウトプットするために、iTunesとも契約し、2004年にセカンドアルバムをリリース。2010年以降は、いろいろなジャンルのミュージシャンたちをつなげるために自分がハブとなり、次々と新しい音楽を世に送り出してきました。「ミュージシャン同士はもちろん、視聴者とミュージシャンたちをつなげることで、もっといろんなジャンルの音楽を知ってほしいんです。2000年にファーストアルバムを出してから10年が経って、じゃあ次の10年何をしようって考えていたころ、ちょうど周りにおもしろいミュージシャンたちがたくさんいて、この人たちをつなげたいと思ってたどり着いたのが、ハブという役割でした」。現在では、曲作りはもちろん、演奏やプロデュースなど非常に多岐にわたった活動を行っています。しかし実は安田さん、歌うことに対してはずっと自信がなかったといいます。

あえて不便な状況をつくり出すことで、アイディアは生まれる。

「やっぱり歌うことがミュージシャンとしては1番強いと思ったんですけど、僕自身歌には自信がなかったので、ボコーダーを使って歌うことにしたんです」。ボコーダーとは電子楽器の一種で、人間の声をシンセサイザーで解析し、機械的に合成し直してから音を出すこと。人間の声と機械音が合成されたような効果が出ます。『ロボ声』といえば、イメージしやすいでしょうか。今では市民権を得ているこの方法ですが、当時は珍しいものでした。そしてこれが、安田さんにとっての強みになったのです。「ボコーダーを使ってしか歌えない。これって一見マイナス要素ですよね。でも、それが個性であり強みになりました。何かをマイナスすると、突き出てくるものがあることに、この時気づいたんです」。

2006年にリリースしたコンピレーションアルバム「-MONOPHONIC-ENSEMBLE-」は、あえてモノラル方式で製作。モノラルとは、今では当たり前になっているステレオ方式とは違い、古いレコードのように左右同じ音が鳴る方式です。「いろんなサラウンドが出てきている時代にあえてモノラルでやってみてどういう曲が作れるのか、挑戦してみようと思って」。なんでもあって、使えるものが多ければ多いほどいいものができるとは限らない。ただ多くの機材やお金を前にぼんやりしていても、アイディアは浮かばない。だからこそ、あえて不便な状況をつくり出すのだといいます。「音楽家は、感性や才能が全てだと思っている人が多いかもしれませんが、実はそれ以上に大事なのが、考えることなんです。どんなにいい音楽を作っても、届け方を間違えれば誰にも届かない。僕のアイディアは瞬発的に浮かぶものではありません。人より時間がかかってもいいから、深く考えて厚みをもたせてからアイディアとして出す。それが自分の特徴だと思っています」。今年の2月に開催した『音楽家の写真展』が各方面から反響をよびました。音楽家3名がそれぞれの感性で写真を撮影し、それぞれの写真のためだけに一般流通しない『1点物』の音楽を制作。『1枚の写真+サラウンドトラック』のセットを、iPod shuffleが組み込まれた額に入れて展示しました。『誰が音楽録音作品は複製するものだとしたのか?誰が数が多ければ成功だとしたのか?そんな前提や疑問を覆すための新しい音楽の公表方法』が、この写真展でした。

アプリのようにアップデートしていく音楽。

「音楽産業って、いいとこ取りな気がするんですよね。アートという側面と、エンターテイメントという側面。その2つは違うものであるはずなのに、文化的なところに入り込もうとする割には、コピーして売るのは商業的だったり。作る側や発信する側が、そんないいとこ取りに乗っかってばかりいたら、受け取る側は飽きちゃいますよ。だから、音楽の中身は昔から変わっていないのに、音楽業界は衰退しているという印象を持たれてしまうのではないのでしょうか。音楽はCDが全てじゃありません。ミュージシャン1人ひとりが、自分に合った配信方法をもっと考えるべきだと思います」。音楽は社会の縮図なんだと、安田さんは言います。いろんな人々との関わりという広い外の世界と、メロディやコード進行が生まれる譜面上という狭い内側の世界。「いくら隔離して譜面の世界にとどまろうとしても、音楽はたった1人で作れるものではないので、社会との関わりは自然に出来てしまうんです。内と外が組み合わさってこそ新しい音楽の可能性は生まれるのです」。

これからの社会を担う若い世代には、旧体制というものをどんどん壊していってほしいというのが、安田さんの願いです。「例えば、音楽もスマホのアプリのようにアップデートされるものであっていいと思うんです。フィードバックをもらいながら視聴者と一緒に作っていく音楽があってもいいのではないかと」。23歳で会社を辞めたときのことを「まだ若かったから、後先のことは何も考えていませんでしたね。だから迷わなかったし、悩みもしませんでした」と話す安田さん。自分がどうすれば満足するかという答えは自分の中にしかない。続けるため、成功するために必要なのは、才能よりもやる気だと言います。「やりたければやるし、やりたくなければやらないと思うんですよ、人って。学生時代、僕よりずっと才能がある人たちが続けなかったのは、結局やりたくなかったからなんでしょうね。本当にやりたければ迷わないし、壁にぶつかれば、どうやってでも乗り越えようとする。これがないからできないというのは言い訳でしかありません。壁を乗り越える唯一のものは、アイディアです。それを手に入れるためには、自分の今いる環境の中で何ができるかを考え抜くしかないんです」。考えることをやめてしまえば、そこで全ては終わってしまう。自分が満足する答えが出るまで、ひたすら考える。安田さんは今までもこれからも、そうやって新しい音楽を生み出し続けているのです。

メッセージ

 

安田寿之
URL http://www.toshiyuki-yasuda.com

編集後記 取材 ・張佳翔|Photo : 市川 智也(from AgeHA graph)

非常にお忙しい中、取材に応じてくれた安田さん。この日は取材終了後、とてもおしゃれなご自宅で、美味しいコーヒーとクッキーをいただきながら談笑もさせていただきました!安田さんは、CMにも音楽を提供しているので、みなさんもどこかで一度は聴いたことのある曲があるかもしれません。今後はどんなところで安田さんの音楽が聴けるのか楽しみです!

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