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300年以上続く長寿企業。
その志を伝える
メカニズムとは。

グロービス経営大学院 経営研究科 研究科長
学校法人グロービス経営大学院 常務理事

YOSHIHIKO TAKUBO田久保善彦

グロービス経営大学院 経営研究科 研究科長
学校法人グロービス経営大学院 常務理事

田久保善彦
1970年、東京都生まれ。慶應義塾大学理工学部卒業、学士(工学)、修士(工学)、博士(学術)。スイスIMD PEDコース修了。株式会社三菱総合研究所を経て現職。経済同友会幹事、経済同友会・規制制度改革委員会副委員長(2019年度)、ベンチャー企業社外取締役、顧問等も務める。著書に『ビジネス数字力を鍛える』『社内を動かす力』(ダイヤモンド社)、共著に『志を育てる(増補改訂版)』、『グロービス流 キャリアをつくる技術と戦略』、『創業三〇〇年の長寿企業はなぜ栄え続けるのか』(東洋経済新報社)、他多数。
INTERVIEW WITH YOSHIHIKO TAKUBO

300年以上続く会社と、
そうでない会社の違い。

長く続く会社と、そうでない会社は何が違うのか。長寿企業に興味があって、研究したことがあります。二代目、三代目までは創業者のことを知っていたとしても、四代目以降の経営者は、世代的に創業者を知らないわけです。300年を超える企業の場合、経営者は平均で十四代目や十五代目。そうなるともはや、創業者というのは歴史上の人物でしょう。では、300年を超える長寿企業は、はたしてどのようなメカニズムで創業者の志を受け継いでいるのか。調べていくと、理念そのものの内容は、企業ごとに実はそう大きく変わらないことがわかりました。違いとして見出されたのは、浸透の深さと徹底度でした。この掛け算が、長寿企業とそうでない企業との違いにつながっているということが、徐々に分かってきたのです。

たとえば、日本酒でよく知られる月桂冠は380年以上の歴史ある企業。「人の一生を大事にする」ということを掲げているのですが、その言葉の通り、たとえばOBやOGは五十回忌まで物故者法要を続けているのです。家族ですら忘れていたとしても、会社としてずっとやり続けている。非常に徹底されています。また、名古屋にある鉄鋼商社の岡谷鋼機は、1600年代に創業して、明治維新、日清・日露戦争、太平洋戦争といった戦乱をくぐり抜けて今もなお残っている長寿企業。戦後、政府が官営事業を民間に払い下げるときも、目先の利益にとらわれず、コアの事業以外には手を出さない、と話を断ってきた歴史がある。会長を筆頭に幹部が参加する毎週の投資会議では、1万円の単位から会議にかける。そうしたことが徹底されているからこそ、目先の利益を追わないこと、1万円単位でも無駄遣いしないことの大切さが、新卒で入社した20代の若手にもしっかりとビルドインされているのです。

企業に限らず、個人であっても、志を達成する人というのは、諦めないで徹底的にやり続けた人ではないでしょうか。たとえば、私が好きな往年の名F1レーサーのアイルトン・セナの言葉に、こんな言葉があります。「本気でF1レーサーになりたいと思う。それこそが最大のセンス」。たとえF1レーサーに憧れたとしても、本気でトレーニングまで始める人間はほんの一握り。本気でやろうと思った時点で、すでに大きく差が開いている。この徹底する、本気でやりきるという姿勢が、長寿企業の中にも根づいていて、伝承されているのではないかと思います。

自分の本性は何か。
自分たちは何者か。

自分は何者なのか。自己認識を正しくできている人が魅力的なように、自分たちは何者なのかを定義できている会社は魅力的だし、人が集まる。私がお話を聞いた長寿企業はどの会社も、自分たちの本質を見定め、ひとつに軸が定まっていました。軸があれば、提供する付加価値はその時代に合わせて、いかようにでも変えることができるのです。たとえば、先ほど例にあげた岡谷鋼機は鉄鋼商社でありながら、日本ではじめてインテルのICチップを輸入した会社。商社として、欲しい人と売りたい人の間に立って、関係性をすり合わせるのが彼らのコア。その機能さえ失わなければ、売るもの自体はいかようにでも変化できる。月桂冠の例をあげると、日本酒メーカーでありながら、何年か前から彼らは糖質フリーを始めています。原料が米のものから糖質を抜く。仮に、伝統的な日本酒メーカーであることを軸としていたら、そんなジャッジはまずしないでしょう。けれども月桂冠の社長は、自分たちを「経験と勘を科学する会社」と定義しています。その言葉の通り、彼らは気候に左右されない酒造りができる四季醸造システムをつくって、生産拠点をアメリカにも作り、成功しています。

自分たちのコアを保ちつつ、時代に応じたアプリケーションを提供していく企業が、長寿企業のもうひとつの共通項だと言えるでしょう。逆にいうと、自分たちを正しく自己認識するというのは、それだけ難しいということ。コアを見定めることができるかどうかは、経営者の並々ならぬ努力や手腕にかかっています。自分の本性は何か。自分たちは何者か。常に問い続けることが極めて重要だと思います。

深海魚丼が、
もしメニューにあったとしたら。

志とは何か。一生かけて取り組むものでしょうか。ある日突然、神の啓示のように降りてくるものでしょうか。私の考えは違います。5年前と今では、様々なテクノロジーをはじめとして、世の中が大きく変わっているでしょう。自分の能力や経験も、自分のネットワークも変わっているはずです。だからこそ、志も、常に進化していいと思うのです。ひとつのことを、長期間にわたってやり続けることこそが最善だ。そういう考え方をする人が、日本人には多いと感じています。それは、それで、大変素晴らしいです。しかし、それが行き過ぎると、一度決めたことを途中で変えるのは、なんだかカッコ悪い。そう思って固執して、身動きが取れなくなってしまう。これでは、だめだと思うんです。

最近よく授業で話すのは、志というのは発見するものではなく、つくりこんでいくものだということ。生徒の皆さんには「志のプロトタイプ」をつくることをおすすめしています。ひとつ、たとえ話をさせてください。見たこともない、深海魚だけを使った丼ぶりがメニューにあったら、どうしますか?誰も、どんな味なのか想像もつかないですよね。つまり、自分の口に合うかどうかは、食べてみないとわからない。同様に、転職を考えている方に「やりたい仕事がわからない」と相談されれば、「やってみなければ、わかりませんよ」と答えるしかない。「これかな?」と思ったら、まずはプロトタイプのつもりでやってみればいいのです。いきなり転職、いきなり起業するのは大変だけれど、試しにちょっとだけ手をつけてみる。志というのは、そうやって、少しづつ少しづつつくっていくものだと思うのです。

幕末の志士としてよく知られる坂本龍馬の一番はじめの志は、「江戸に行って剣術を学ぶ」というものでした。彼が土佐にいた時には、大政奉還のことなど夢にも考えていなかったと思います。江戸に行き、同時代の様々な人に会い、いろんな経験を経て、志を育てていった上で「江戸幕府を倒して新しい国をつくる」という志に進化していったのです。

起業をするときにつくった理念が、5年後も実態にあてはまっているかどうかは微妙なところでしょう。右も左も分からない。サービスの名前も何も決まっていない。そんな状況で理念を考えるわけですから、やってみたら実はちょっと違っていた、ということは往往にしてあると思うのです。これは私の持論ですが、設立から5年~10年経った段階で、一度立ち止まり、そして、もう一度練りこまれたものが、長く保つ理念になるのではないでしょうか。